2018年08月01日
社会・生活
研究員
久木田 浩紀
「よく笑う人だ」と思った。村重酒造(山口県岩国市)で杜氏を務める日下信次(ひのした・しんじ)氏と、初めて会った宴席でのことだ。
20人ほどいた参加者の視線は、笑みを絶やさず場を盛り上げる日下氏の周りに自然と集まっていった。自身の話をするときは開けっぴろげに、人の話を聴くときは自然体で耳を傾ける。そうした姿からてっきり営業職の方だと思い込んでいたので、日本酒づくりの責任者である杜氏だと知って驚いた。杜氏と言えば頑固一徹、無駄口を叩かない厳しい職人というイメージを抱いていたからだ。
日下氏は杜氏だからといって偉ぶることはない。自分の蔵の酒ばかり勧めることもない。むしろ「自分が美味しいと思う酒を飲めばいい」と言ってくれる。人との接し方もそうだ。いつも周りをじっくり見た上で、自然にこちらに合わせてくれる。だからなのか、日下氏と過ごす時間は疲れることがない。いつも日下氏を中心に笑い声が溢れている。だから、また会いたいと思うのだ。
日下氏は50歳代だが杜氏になって20年以上のキャリアを持つ。20歳代で杜氏になったときは、日本最年少だったという。若いころの苦労話を聞いて、人間として氏の魅力と杜氏としての仕事ぶりが実はつながっていることに気づいた。
酒づくりを支える蔵人の仕事は、先輩が手取り足取り教えてくれるものではなかったそうだ。明け方、先輩が起きる気配を察して目覚める。多くを言われない中で、周囲の動きを観察して酒づくりの勘所を覚える。杜氏として指導する立場となった日下氏のリーダーシップも、「自分について来い」「言う通りにしろ」というタイプではない。酒席での振る舞いからは、年齢に関係なく全員が力を発揮できる「場」を作ろうと心を砕いている様子がうかがえる。
若者の酒離れが叫ばれて久しい。背景には、先輩から後輩、上司から部下に説教をするような、押し付けがましい酒席文化が敬遠されたこともあるだろう。しかし、酒は本来、人の心を開くもの。素直な気持ちのやりとりが生まれてこそ、いい関係が生まれる。日下氏の振る舞いは、どうすれば酒を通じて人々の心をつないでいけるのかを教えてくれる。
その日下氏が醸す「日下無双」。力強さと旨みが共存しており、実に味わい深い。
筆者は、今日一日の自分の行動がどうだったか、じっくりと味わいながら振り返っている。味わいすぎて足りなくなってしまうこともよくあるのだが。
(写真)筆者
久木田 浩紀